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バカンスシーズン [内弟子日記]

時津先生はヨーロッパの各地にある自成道の道場に赴き指導して回ります。また、逆にヨーロッパ中の弟子達も先生の道場を訪れます。そしてフランス中が一斉にバカンスに入る7月、8月は、一年のうで最も多くの弟子達が先生宅に訪れる時期で私の内弟子生活の中で最も慌ただしく賑やかに過ぎていった時間でした。
各道場から団体または個人でヨーロッパや、遠くはカナダのケベックから、自成道の門下生達が入れ替わり立ち替わりやってきます。最初の団体が到着し一週間稽古三昧の毎日を過ごして帰って行くと、その日のうちに次の団体が息つく間もなくやってきてまた一週間の合宿が始まります。このようなサイクルで合宿が約2ヶ月間引っ切りなしに続きます。
合宿では先ず朝七時から約二時間、気功と太極拳の稽古をするところから始まり、朝食後午前の稽古が約二時間、午後の稽古が約四時間の計八時間の稽古をします。更に自由時間を使って自主的に稽古する人もいます。私も含め参加者は道場で寝泊まりする為、道場は基本的には24時間開放されています。
ほとんどの参加者にとって、バカンス中のこの一週間の合宿は一年の内で最も集中的に稽古する時期であり、皆この日を待ちわびていたように喜び勇んでやってきます。
「君が内弟子のケンか!噂にきいていたよ!会える事を楽しみにしていたんだ。」といって皆すぐに私と打ち解けてくれました。私にとってはこのような合宿が二ヶ月間ぶっ通しで続く訳で間違いなくハードでした。後半の方は、脚を纏う全ての筋肉が疲労しているような感じがあり、鉛のように重くまともに歩く事も出来なくなりました。それでも一旦稽古が始まるとなんとか動くようになるのが不思議でした。
この期間、内弟子としては一参加者としてただ稽古だけしていればいい訳ではなく、先生の助手になり皆に号令をかけ、また稽古外では給仕係り、バーベキューのシェフ、そしていつも通りの庭仕事や犬の散歩などのルーティンをこなさなければなりません。朝食前の稽古が終わると、急いでパン屋に行き大きな、見たことないくらい大きな、バゲッドを何本か買ってきてそれを切り籠に盛って朝食の準備をします。午前の稽古が終わると、直ちに皿やスプーンフォーク、ナプキン、ワイングラス、その他のものをテーブルに並べ樽で買ってきたワインをデキャンタに移し昼食の準備をします。(そう!昼から飲むんです!)午後、皆が気持ち良さそうに昼寝をしている間に犬の散歩をし庭の手入れを済ませます。午後の四時間の稽古でへとへとになり急いでシャワーを浴びて夕食のバーベキューで皆の分のソーセージや肉を焼きます。
クタクタになりながら全ての事を忙しくこなしていきましたが、全ての時間が楽しく過ぎ皆も喜んで私を手伝ってくれたので全く苦になりませんでした。


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フランス語 シュノーケル [内弟子日記]

 稽古に集まってきた生徒達を前に、次から次へと無造作に溢れ出てくる日本語を何一つフランス語として発する事が出来ず益々追い詰められていく一方です。生徒達もだんだん
「おら達の先生、大丈夫だべか?」
と心配そうな顔になっていきます。
そしてついにある一つの動作について説明しなければならなくなり、とにかく何か言葉を発しなければという焦りでいっぱいになりました。すると、たまたまそれまでに覚えていた数える程しかないフランス語の中の、「~は何と言いますか?」(Comment dit-on ~?)というフレーズが思わず口をついて出てきたのです。私が動作を見せてその動作についてどう言うのか逆に私の方が生徒に聞いたのです。
 するとすかさず生徒の一人が教えてくれました。それを境に私は「~は何と言いますか?」という質問を連発し、その都度生徒の方も考えながら答えてくれました。この様にして私が生徒の前で動きを見せる事で指導し、生徒からはそれらの語彙を教わりながら進めていくという形が出来上がりました。
 確かに最初は大変でしたが、この様に生徒達とのコミュニケーションのパターンが確立されると回数を重ねる毎に少しずつ慣れていき、フランス語が身についていく感覚をはっきり自覚するようになってきました。この感覚は英語勉強していた時にはなかったものでした。私にはこの「~は何と言いますか?」というフレーズが正に言葉のシュノーケルだと思えたのです。

(言葉のシュノーケル?なんだそれ?)

 では、注釈します。私が体験したこれまでの言葉によるどうしようもない不自由さはまるで水中で窒息しそうになる時のような状況と似ていると思ったのです。地上にいる時は、酸素がある事さえも意識せずに息をするのと同じで、母国にいて母国の言語を話す場合、無意識に会話という呼吸が出来るので窒息しそうになる事はありません。しかし、無意識に話せる言語が通じない環境というのは会話という呼吸が出来ないのでたちまち窒息してしまいそいになります。従ってそんな環境の中で覚えようとする語彙というのは、あたかも水中で得る酸素をはっきり意識して吸うようなもので、すがるように取り込み吸収する事が出来ます。
 道場の中で得られる一つ一つの新しいフランス語は、私にとってはまさに水中で与えられた酸素のようで、「~は何と言いますか?」というフレーズがまるで水中にいて酸素を取り入れる事の出来るシュノーケルのようなものだった、という訳です。
 依然としてフランス語を話せると言えるほどのものではないのでこの様な事を書く資格があるのかは疑問ですが、こうして私は、少しずつフランス語に慣れていき、数ヵ月経つとこの「言葉のシュノーケル」はほとんど使わなくなり生徒達は私のフランス語での説明を完全に理解してくれるようになっていました。
最初、時津先生はまるで泳げない私を海に放り込むようにしてフランス語の世界に放り込んだのですが、そのおかげで私は自分なりの泳ぎ方を見つける事が出来たのでした。


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フランス語 フラストレーション [内弟子日記]

私が指導するクラスは私がフランスに到着したその翌日から早速始まりました。
先ず皆の前で先生に私の事を紹介して頂きました。私も「初めまして、よろしくお願いします。」くらいの事は片言のフランス語で言ったかもしれません。そして紹介が終わると先生はなんと「はい、じゃあ始めなさい!」と言って横に下がってしまわれたのです。

「えっ?まじ?」
「はい、じゃあ始めなさい、って!」

実は私はこの時、指導するとは言ってもまだ話せないのだから最初は先生が手伝ってくれる、もしくは先生の手伝いをする程度の事から始めるのだろうと思っていたのです。しかし、その考えはフランスだけにまるでガトーショコラのように甘くほろ苦いものでした。こんなにいきなり完全に任される形になるとは思ってもみず、動揺を隠すのに必死でした。先生にSOSの信号を送ろうとちらっと視線を投げかけてみるともう既に自分の世界を作り立禅の稽古に没頭しているようで、
「話しかけるなよ」
的オーラを放っていました。

「し、仕方ない」
「と、とにかく始めるか、、、」

戸惑いながら準備運動から始め、基本稽古に移っていきます。
(肩の力を抜いて)
(肘を伸ばして)
(前に進んで)
(もっと強く)
頭の中にフランス語への変換機能が全くインストールされていない為、心の中で次から次へと溢れ出てくる日本語がみるみるうちに渋滞を起こし、たちまちパニックに陥っていきます。
どう言えばいいのか分からない場面に次から次へと直面するこういった状況はどうしようもなく不自由でフラストレーションが溜まる一方です。

私がアメリカ留学した時は、本場の英会話に慣れてはいなかったものの、渡米する前から英語学校に通い、アメリカ人やイギリス人の先生に教わり、英語に対するある程度の免疫とボキャブラリーは最初からあったので、言葉によるどうしようもない不自由さというもの感じた記憶がありません。がしかし、フランス語はやはり英語と違いました。英語なら話せない人でも日本人には多少のボキャブラリーはあるでしょう。ハロー、サンキュー、ドッグ、キャット、アップル、オレンジ等等、見渡すと私たちの日常には英語のカタカナで溢れているようですが、その程度のフランス語は英語と比べると日本の生活空間には大分少ない事が良く分かります。よく知られているのは、ボンジュール、トレビアン、メルシー、ジュテームくらいのものではないでしょうか。このようにフランス語は、それに取り組もうとする最初の時点で既に英語程の馴染みがないというハンディーがあり、従ってアメリカにいた時には感じた事のなかったどうしようもない言葉の不自由さによるフラストレーションをこの
時初めて体験しました。


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フランス語 [内弟子日記]

武道が世界中に広がり根付いている今の時代、私達日本人にとって武道は異文化との交流手段の一つとなっているといってもいいのではないでしょうか。自分の文化にないものを求めたり、また共通する何かを見出だして武道の奥深さに魅せられる外国人は沢山います。そういう人達と日本にいながらにして武道を通して交流したり、また異国の地に赴き武道を通じてその土地の生活に溶け込んだりする人も多いでしょう。
 自成道の場合、特にフランスを中心としたヨーロッパの文化に接する機会に恵まれています。なんと言っても創始師範がフランス在住なのですから。私も20代の頃まではまさか自分がフランスに縁があるなどと思いもしませんでした。
 異文化と交流するとき最初の壁になるのはやはり言葉の問題でしょう。特にヨーロッパ文化における言語の果たす役割は、日本語よりもコミュニケーションに対する実用的な依存度が大きいので、そこから目を反らす訳にはいきません。かく言う私も別段フランス語を話せると言えるレベルではないのですが、それでも村の人達に開いているクラスは私が指導していました。その事は渡仏する前から先生に言われていたのでそれなりに勉強してはいましたが、元々机の上での勉強は余り得意ではなかったし、成果もそれほど上がらなかったので、果たして本当に指導が成り立つのか不安でした。
 そしていざ現地での生活が始まってみるとフランス語しか話せないフランス人達がいかにもフランス語っぽく流暢に、フランス語なまりのフランス語を容赦なく浴びせかけてきます。当然といえば当然なのですが、私にはそれが少し非情に思える程でした。日本人なら日本にいる外国人とコミュニケーションするときもう少し救いの手を差し延べるような優しさがあるように思うのですが、フランスではそんな私目線で話してくれる事は余りありませんでした。
 ただ、私がフランス人に自成道を指導するという時間があったおかげでそのような言葉の問題で生じるストレスは解消することができました。自成道を指導するという立場でフランス語を習う事によって、周りのフランス人達は私の話すフランス語に歩調を合わさざるを得ないのです。語学というと読み書きも含まれるので一概には言えませんが少なくとも会話の範囲では、このように何かを教えるという立場から言葉を習うという環境の方が、先生と生徒がテキストを介して行う一般的な語学のクラスよりはるかに効率的だと思いました。
一般的な語学のクラスでは予め用意されたテキストに出てくる例えば太郎君とかエレンさん等のように、見ず知らずの登場人物の、個人的には余り自分との共通点を見出だせない日常会話になぞらえて、そこまでリアリティーのない語彙を覚えていく受動的なものであるのに対し、指導稽古の現場では、生徒の皆は当然ながら自成道が上手くなりたくて道場に来ている訳ですから私の言う事を理解する必要があります。更に言えば理解しようと努力する必要があるのです。従って私の指導は生徒とのある意味の共同作業で進められ、私にとって直ちに必要な語彙ばかりが常にリアルタイムで覚えられるのです。
 私にとってこのような環境でフランス語に触れる事ができたのはとても幸運な事であり、上手い下手はともかく今ではフランス語にとても親しみ感じるようになりました。


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動物物語 猫編 その2 [内弟子日記]

 トラが死んでからしばらくして、またあるハプニングが起こりました。トラを追い出したその猫が納屋で子供を三匹産んでいたのです。それまで気づかなかったのですが、思い返してみると確かに以前からお腹が大きかったような気がします。先住していたトラから縄張りを奪い取ってまでしてここにやってきたのは、出産する場所を求めていたのでした。
 献身的な愛情で三匹の子供たちを育てていました。私たちもそれを温かく見守りながら、餌やミルクをあげたりしていました。そうして私達が見つけた時は神経質そうにしていた母親もしだいに警戒心を解くようになりました。
 ところが、猫というものは、そう言うものなのでしょうか?数週間経ち、子供たちもよちよち歩くようになった頃からその母親はあまり世話しなくなったように見えました。子供達をほったらかしにしたまま留守にすることが次第に多くなり、とうとうある日姿をくらましてしまったのです。
 三匹のうちの一匹は弟子の一人にあげましたが、あとの二匹は飼うことになりました。一匹は白い猫で名前をユキ、もう一 匹は、黒い猫で名前をスミと名付けました。二匹の猫は、外敵もない広い土地ですくすくと育っていきました。私は、日本にいる時から猫を飼った事がないのでもともとよく知らないのですが、ここまで人間になつく猫を初めて見ました。日本にいる猫は警戒心が強く、あまりなつかないというイメージがあったし、実家では子供頃から犬を飼っていたのでどちらかと言えば犬の方に親しみがあったのですがここにいる猫たちはほとんど最初から人間育てられているようなもので私達に対して全く警戒しません。私が外で椅子に座りひなたぼっこをしていると膝の上に乗り、昼寝をしたり私が草取りをしていると近寄ってきて私の背中にちょこんと飛び乗ったりします。
 猫も人間もいつどこで生まれるかは選べない中で、なんと幸せなところで生まれてきた猫たちだろうかと、警戒心を露にして生きている東京の猫たちを思い浮かべながら、そんな事を考えてしまうのでした。


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動物物語 猫編 その1 [内弟子日記]

 先生の家には、猫もいました。私が来た当時、トラという名前のまだ一歳になるかならないか位の可愛い子猫がいました。最初は家の中だけで飼っていました。トラにとって家の中だけが全世界でした。家の中を歩き回り、みんなが集うときはいつも誰かの膝の上で丸くなり、みんなの注目の的でした。
 家族の一員として自由気ままに過ごしながら少しずつ大きくなり、行動範囲も広がっていきます。家の中でも次第に入ったことがない部屋にまで入っていくようになり、皆の手を焼かせるようになりました。
 そしてついに外にも出るようになりました。最初は入り口の近くでうろうろするだけでしたが、次第に遠くまで走り回るようになり、よくトカゲを捕まえて遊んでいました。木にも登るようになりました。初めて木に登ったときは、自分で降りれずに ニャーニャー鳴いていましたがやがて自分で自由に上り下りできるようになりました。こうやって少しずつトラの世界が広がっていきました。
 しかし、そんなトラの平和な生活も長くは続きませんでした。ある日を境に一匹の猫がどこからともなくやって来るようになったのです。最初は、庭に入り込むとすぐに出て行っていましたが、日が経つにつれ庭の中をうろうろするようになり、とうとう家の中にまで入ってくるようになりました。トラの縄張りが侵される危機です。トラにとっては生まれて初めての縄張り争いが始まりました。私たちがいれば喧嘩になっても引き離すことができましたが、目の届かない所でもよく猫同士の喧嘩の声が聞こえてきていました。
 生まれて初めての縄張り争いに巻き込まれたトラと、先客を追い出してでもそこをのっとろうとする後から来た猫とではやはり縄張り争いのキャリアが違います。次第にトラは別の縄張りを求めるようになったのか、遠くへ出かけるようになりました。
 だんだんトラが家を空けることが多くなり、もう一週間もトラの姿を見かけなくなったある日、先生が道路の方から深刻な面持ちで私を呼びました。駆け寄ってみるとそこには車に引かれて死んでいる猫がいました。引かれてから既に二三日経過しているようで地面に張り付くようにぺちゃんこになって横たわっていました。鈴のついた赤い首輪をしていたその猫は紛れもなくトラでした。
 私は、トラを地面から剥がすようにして手にとり、庭の隅に埋めました。トラの短い短い一生がこんなにも呆気なく終わりました。私にとっては犬のジェイカに続いて二匹目の仲良くしていた動物との死別です。
 トラを埋め、手を合わせ目を閉じます。突然の死に命のはかなさを思いながら、トラの一生を振り返えると自然と涙が溢れてきました。
 今でも時々、車に引かれて道端で死んでいる動物に遭遇する事がありますが、

やはり、

切ないものです。




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動物物語 犬編 その4 後編 [内弟子日記]

ビドッション対ガンジャ(ラウンド2 続き)

普段何も考えていない単細胞にしか見えないガンジャもやはり耳を噛みちぎられた事だけはしっかり覚えていて、いつかその借りを返す為に虎視眈々と機会を伺っていたのです。しかも私達が出かけるまではおとなしくしておいて油断させるという小芝居をも駆使した戦術まで使っています。
 一方ビドッションもさすがです。ガンジャに不意を衝かれた上に、私が掴んでいる鎖に繋がれていて余り自由が利かないのにも関わらず、瞬時に反応して優位な体勢をしっかりキープしていました。
 不意を衝かれた、、、いや私が勝手にそう考えているだけかもしれません。もしかすると、ビドッションの方もガンジャが庭に放されたのをちゃんと見ていてその時からガンジャの報復に対して十分警戒し二匹の間には見えない駆け引きによる緊張が既にあったのかも知れません。つまり何も分かっていなかったのは私だけだったのかも知れないのです。
 この二度目のバトルを招いたのは、そもそも私が散歩の日課を横着したせいですが、その横着心はこの二匹の犬達に対する私の侮りから生まれたものでした。人間は自らの知覚と解明された科学の情報の範囲の中だけでしか知性を育む事はできません。だから見聞きしたもの体験したものをそれによって生まれた価値基準のなかだけで判断しようとしても、それらは動物界、自然界、そして宇宙と果てしなく拡がる空間にある真実の理(ことわり)の中にあっては、微々たるものでしかないという認識と謙虚さを常に持たなければならないという事を反省させられました。
 ここまで壮大な反省になったのは、後で家に帰って落ち着いたあとに振り返った為で、当然その現場ではそんな余裕などなく犬達が大怪我をしては大変だと思い、それはもうアドレナリン全開で止めに入りました。
がしかしそう簡単にはいきません。筋トレしてる訳でもないのに見事な筋肉郡を帯びている二匹の体躯は、闘う本能を持ち合わせた動物としてデザインされたものです。どちらも傷つく事を省みずに物凄い勢いで噛み付きあおうとするガチンコファイトを展開しています。お洒落アイテムのようにバッグの中に入れて歩ける人形のようなワンちゃん同士のチワワ喧嘩とは訳が違います。ある意味先生との組み手よりタフでした。
 二匹の犬達と一人のアジア人の男がフランスの田舎の畑の畦道で必死に取っ組み合っている光景はシュールに映ったのでしょうか、一台の軽トラックが通りかかった時、運転手は、「なんじゃありゃ!」という顔をしたまま通り過ぎていきました。「くっそー、手伝ってくれたっていいじゃん!」と全く関係のない見ず知らずの農民を心の中で非難してしまうほど私もテンパっていました。
 しかし、彼らの戦法は機を見つけたら一気呵成に攻め立てようとするもので持久戦には向いていないようです。次第に噛み付き合ったまま膠着してきました。結局最後はどちらからともなく離れ犬達も私も、精根尽き果てへとへとになりながらみんなで仲良く?無言のまま一緒に帰ったのでした。

あー 疲れた。


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動物物語 犬編 その4 前編 [内弟子日記]

ビドッションVSガンジャ(ラウンド2) 

ビドッションによるガンジャ襲撃事件以降、放し飼いできなくなった犬達は毎日退屈そうにしながら暮らしていました。そんな犬達の散歩が私の日課の一つに加わりました。広い畑沿いの畦道が散歩コースで一周4、50分かかります。もちろん二匹を一緒に連れていく訳にはいきません。
そんなある日、私の横着癖が原因でまた事件が起きてしまったのです。一周4、50分の散歩コースは私にとって一回なら程よいのですが、それを毎日二回も繰り返すのはちょっと面倒臭いと思っていました。そこでビドッションを散歩に連れ出している間、ガンジャを庭の中で自由にしてやればガンジャの散歩替わりになるだろうという自分でもうっとりする程の素敵なアイデアを思いついたのです。
ビドッションを外に出して門を閉め、ガンジャを庭に放してやりました。ガンジャは特に興奮した様子もなく庭の中をゆっくり歩き回り始め、それを見届けた私は安心して門を閉めビドッションを連れて外に出かけました。
ところがです。「うまくいったぞ」と思いながら軽快に百メートルくらい歩いた頃、全く予想していなかった光景が私の目に飛び込んできたのです。な、なんとガンジャがこっちに向かって走ってくるではありませんか!実は入口の門は、格子状になっているのですが一部分だけ装飾として施された図柄に沿って隙間があり、そこから抜け出す事は確かに可能です。しかしそれはビドッションのように利口な犬が少しずつその場の状況に適応しながら知恵をつけて出来るような難易度のもので、まさかガンジャにそんな芸当が出来るはずもないだろうと高を括っていたのです。普段のガンジャは、餌の時間に躾ようとしても興奮して全く言うことを聞く様子がなく「何?お座り?知るか!早くめしくれ、めしーっ!」と暴れまくる、そんな可愛らしい犬なのです。私はガンジャには失礼ですが、門の隙間を見て抜け出せると判断できる程の学習能力はないと勝手に思い込んでいたのです。
だからガンジャが向こうから走って来るのを見た時は信じがたい光景に思わず二度見してしまいましたが、それは紛れもなくガンジャでした。
 あっけにとられているとあっという間にガンジャは私達に追いつきビドッションめがけて飛び掛かったのです。今度はガンジャのビドッションに対する報復攻撃です。

つづく

いい加減にしろ! お前達!


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動物物語 犬編 その3 [内弟子日記]

ビドッション VS ガンジャ(ラウンド1)

ジェイカが天国に旅立ちしばらく経ったある日、先生がまた知り合いから犬をもらってきました。ガンジャという名前のオス犬です。外見はビドッションより大きく逞しい犬で愛嬌はあるのですが、あまり利口ではなく放し飼いにすると一日でいなくなってしまいそうだったので庭の隅に繋ぐ事にしました。私にとって犬との思いがけない新たな出会いです。
 「よろしく!」と軽く声をかけ、ガンジャの元を離れ辺りに誰もいなくなったとき、事件は起こりました。ビドッションが、突然ガンジャめがけて猛突進したのです。ビドッションは前述したように人間以外の動物に対してかなり嫉妬深い性格です。恐らくガンジャがやってきた時、庭の隅に繋がれるまでの様子を遠くで一部始終眺めながら、「おのれー、新参者めがー」と嫉妬心を全開にしていたのでしょう。一方のガンジャは、体格はいいのですが性格は無邪気でおっとりしていて好戦的なビドッションとはその点で正反対です。戦闘モードに入っているビドッションのテンションを察知するのが一瞬遅れたのかも知れません。ビドッションが飛び掛かった時には完全にガンジャは劣勢でした。そして奇襲をかけたビドッションはそのまま一気に襲い掛かり、なんとガンジャの耳を噛みちぎってしまったのです。(正に犬版、マイクタイソンです。)
 新入りへの洗礼を浴びせたビドッションは満足げでしたが、それ以来彼も繋がざるを得なくなったのは言うまでもありません。彼は自らの行いによって自由を失ってしまいました。
 さて、耳をちぎられたガンジャを獣医に連れて行くことになりました。右も左も分からない所に連れて来られ、おまけに凶暴な犬にいきなり襲われ耳を噛みちぎられてしまったガンジャ。自分の身に降り懸かった災難に納得できず、「もう訳わかんねぇーよ!」と言ワンばかりに暴れます。私は、同情しつつも暴れるガンジャを抱きかかえ車に乗りました。動物病院に着き治療してもらおうとするのですが、暴れてなかなかはかどりません。仕方ないので獣医は、ガンジャに全身麻酔を注射しました。するとガンジャは舌をペロンと出し、たちまち脱力して診察台に寝そべったのです。
 そして、傷口を縫合し一通り治療が終わったので、家に帰ろうとまだ麻酔の効いているガンジャを再び抱き抱えました。するとガンジャが見違える程、重くなっていてびっくりしました。これは一体どういう事でしょう。病院へ連れて行くときのガンジャはよく暴れて力みがあった事で、私には返ってガンジャの重みをそれ程感じる事なく比較的楽に抱きかかえる事が出来たのに対して、麻酔を討たれ全身の力が抜け完全な脱力状態にあったガンジャは私に全体重を預ける形になりガンジャの重みが最大限に私にのしかかってきたという事だと思います。
 この瞬間、私は普段時津先生がとてもリラックスしているように見えるのに、とてつもない力が出る訳が少し解ったような気がして、その後力を出すという事と抜くという事の意味を深く考えさせられることになりました。身体能力の可能性を追求すると、身体についてまだまだ知らないことばかりです。いつどこにどんなヒントがあるか分からないものだと思い知らされました。

ガンジャ、お大事に!そして、ありがとう!


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動物物語 犬編 その2 [内弟子日記]

ビドッション

 ビドッションとはジェイカと一緒に飼っていたもう一匹の犬です。
ある日、私のビザの申請の事で村役場に行く為に先生と二人で車に乗って出かけました。前にも話しましたが、先生宅から村役場のある中心地までは歩くと1時間近くかかります。ちょうどその中心地に着くと、見覚えのある犬がカフェの前を歩いていました。
「先生、あの犬ビドッションに似てますね。」
「うん、似てるね。」


暫しの沈黙


「てゆーかビドッションですね。」
「うん、そうだね。」


暫しの沈黙


「ってビドッショーン!お前かよっ!」

と軽くビドッションにツッコミをいれて呼び寄せ車に乗せました。彼はこうやって時々私達の知らない間に門の隙間から抜け出し、一人「さすらいの遠足」に出かけては家族のみんなを心配させていました。
 このビドッションも愛嬌のある可愛い犬でした。私は犬の種類について詳しくないのですが、チベットの血統の犬だと聞きました。人間にとても従順で遠くにいても名前を呼べば駆け寄ってくるし、知らない間にいなくなっても必ず帰ってくるので、庭でも繋ぎ留めず、ジェイカと仲良く平和に暮らしていました。この日も歩けば1時間近くかかる村の中心地まで一人でぶらっとやってきていたのです。私達が見つけた時は、まるで馴染みのカフェでお茶でもしそうな感じでその場によく溶け込んでいました。
 風の吹くまま気の向くまま、まるで寅さんのように生きていたそんなビドッションでしたが、その後彼の持つもう一つの性格が仇となり自由を失ってしまう事になります。
 もう一つの性格とは、人間に物凄く従順である半面、人一倍、いや犬一倍嫉妬深いというものでした。体はそれ程大きくありませんが喧嘩にはめっぽう強く、その事と相俟って他の動物に対してとても凶暴になるのです。以前、先生の奥さんと散歩中に野良犬が襲い掛かってきたのを返り討ちにしたという武勇伝があります。が、その凶暴性のほとんどは家族にとっては感心出来ない結果を招く事の方が多く、少し目を離すと野良猫や野生の狐などを噛み殺したりしていました。農村なので周りには野生の動物ばかりでなく、家畜として飼っている鶏や羊等もいます。いつどこで何をやらかすか分からないビドッションをこのまま放っておくとそのうち人様に迷惑をかける事になってしまわないだろうかと案じ始めていたある日、事件は起こりました!

つづく

あー、ビドッショ~ン!

お前ってやつは、、、


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